唐津と東京の間(あわい)から

畳が敷き詰められた渋谷ヒカリエの一角で、大人達が車座で話し合う姿があった。お茶を飲み、お菓子を片手に、時折、畳に寝そべったりとリラックスした様子ではあるが、話し合う表情は真剣そのものだ。傍を通り過ぎる買い物客は、その異様な光景を不思議そうに眺めている。「これは、一体なんの会ですか?」と、近くのスタッフに声をかける人もいた。その日、渋谷に集まっていたのは、佐賀県唐津市の若手職員と、東京で勤務する人たち。“茶ッカソンin Karatsu”の、最終日だった。

とあるイベントで茶ッカソンの紹介をした際に、唐津市市役所の方に声をかけていただいたことがきっかけで、実施することになった“茶ッカソンin Karatsu”。テーマは、「唐津市の、新しいまちづくりコンセプト」を考えること。せっかく開催するならば、その場だけの提案に終わらず“茶ッカソン”の種が残るような生き続ける企画にしたいと思い、uni’que Inc.代表取締役の若宮和男氏にファシリテーターをお願いした。若宮さんは、数々の新規事業立ち上げのカウンセリングを手がけてきた、“ユニークさを発見する異才”である。そんな若宮さんのファシリテーションのもと、唐津で2日間、そして最終日の東京を含め、計3日間、唐津の人と東京の人たちが、「唐津らしさ」について考え、新しいまちづくりについて意見し合った。

「実は、始まるまでは地域の課題解決を外の人と中の人とで一緒に考えていくのって、大丈夫かな、って不安だったんです」若宮さんは最終日、そう告白をした。若宮さんにとっても今回のような形は初めての試みで、不安を抱えていたらしい。しかし、蓋をあけてみると、その心配は杞憂に終わった。唐津と東京の人達の交流は、コンセプトを考えていくうえで、見事に功を奏していた。

自分が生まれ育った場所は、自分のアイデンティティーそのものとも言える。「ユニークポイント」を考えるとき、それがあまりにも自分と密接している事柄についてだとなかなか難しい。なぜなら、当人にとっては「コンプレックス」と思えるものこそが、端から見ると「面白い特徴」であったりするからだ。「唐津らしさ」を挙げて行く中で、唐津の人達は、“自慢できないような点”にも触れざるを得ない。中から見ても外から見ても「唐津らしい」と思うところを唐津と東京の人達で語り合い、3日間でいくつもの「唐津のユニークポイント」が、再発見されていった。

最終日のプレゼンテーションで優勝したのは、『原始時代〜平成まで すべての時代を生きる町 唐津』という案を発表したチームだった。「各地に色んな見所はあるが、地域同士の連帯がなく、唐津としてコレ!と推して行く統一感がない」、唐津は「バラバラ」で、「中途半端」だ、というのがこのチームの「唐津らしさ」の出発点だった。稲作発祥の地と言われる唐津には、古墳や遺跡、城跡や近代建築物など、古代から現代に至るまで、数々の歴史的な場所が残っている。しかし、地域の横のつながりは、あまり強くないらしい。そこで、この「バラバラ」「中途半端」を、ユニークポイントとして生み出されたのが、「唐津市内の地域ごとにそれぞれ歴史的な見所があり、市内をまわれば全時代を網羅できる」という“唐津らしさ”だった。「バラバラ」なら「バラバラ」のまま、それぞれの地域の魅力を発揮しよう、ということだ。審査員の田中里沙氏からは、「もしかしたら、地域がそれぞれの特色で盛り上がっていくことで、結果として地域同士がつながることになっていくかもしれないですよね」というコメントがあった。確かに、そういうことだってあるかもしれない。アイデア次第で新しい価値が生まれていく可能性を感じた瞬間だった。

イベント終了後の参加者に、話を聞いてみた。「自分たちにとっては当たり前だと思っていたことを、どう説明しようか考えていくうちに、今まで話したことがないようなことを話した」と、唐津の人が言えば、東京の人は、「何故だか、唐津のことがだんだんと自分ごとになっていくのが、面白かった。一緒に考えていくから、想いが乗っていくんですかねえ。」と語った。

畳に座ったり、時には寝転んだりしながら、お茶を飲み、一緒に話し合う、ということ。テーブル越しに、あなた、とわたしに分けられないその場所では、あなたとわたしの境界がだんだんと曖昧になってくる。唐津の人と東京の人、それぞれに育ってきた場所があり、生きてきた道がある。それを理解し合うということは難しいかもしれないけれど、畳に座して袖触れ合う、その間(あわい)を共有することで、お互いにとって新しい発見が生まれたのだと感じた。今回の優勝チームの提案は、改めて唐津市長と市民の前で、プレゼンをすることに決まった。茶ッカソンをきかっけにした種が、これからの唐津にとって、新しい何かに繋がっていくならば、こんなに嬉しいことはない。